
米国の多くの州で、財政赤字が深刻化する中で、教育予算の大幅な削減措置が取られるようになっています。これに関連して、昨年10月にCenter on Budget and Policy Prioritiesが全米の州における教育予算削減状況を調査した「New School Year Brings Steep Cuts in State Funding for Schools」という報告書を発表しました。この報告書の内容は以下の通りです。
1.教育予算削減の現状
(1)2011-12年度予算と2007-8年度予算の比較
A.データが集められた全米46州の中で、2011-12年度における生徒一人当たりの教育費が2007-8年度予算を下回ったのは37州で、特に減少幅が大きかったのはサウスカロライナ(24.1%)、アリゾナ(24.0%)、カリフォルニア(23.0%)、ハワイ(22.2%)、オクラホマ(18.7%)でした。
B.金額ベースで10%以上の減少があったのは17州で、特に減少額が大きかったのはカリフォルニア(1,414ドル)、ハワイ(1,175ドル)、ニューメキシコ(1,174ドル)、アラバマ(1,064ドル)、アリゾナ(845ドル)でした。
(2)2011-12年度予算と2010-11年度予算の比較
A.46州の中で、2011-12年度における生徒一人当たりの教育費が2010-11年度予算を下回ったのは37州で、特に減少幅が大きかったのはイリノイ(12.9%)、カンサス(10.4%)、テキサス(10.4%)、ウイスコンシン(10.0%)、ネブラスカ(9.7%)、カリフォルニア(9.3%)でした。
B.金額ベースで8%以上の減少があったのは9州で、特に減少額が大きかったのはニューメキシコ(707ドル)、ウイスコンシン(635ドル)、ニューヨーク(585ドル)、カンサス(561ドル)、カリフォルニア(484ドル)でした。
2.教育予算削減の原因
(1)税収の減少
2008年の金融不況の影響から、2011-12年度における州の所得税や売上税の減少が続く中で、多くの州は全体の予算を均衡化させるべく、歳出面での大きな項目である教育予算の削減を実行する結果になっています。
(2)コストの増加
コスト増加の最大要因は生徒数の増加で、2011-12年度の場合、幼稚部から高校までで26万人の増加、さらに公立大学では約150万人の増加が見込まれています。
(3)連邦政府の支援プログラムの継続困難
オバマ政権成立後に導入されたアメリカ再建・再投資法に基づく州財政均衡基金から390億ドルが(いわゆる“Race to the Top”という教育支援プログラム。アメリカ教育情報2011年4月1日号参照)、教育雇用基金から100億ドルが多くの州政府に供与されましたが、現在の残額は其々40億ドルと20億ドルとなっています。オバマ政権としては“Race to the Top”プログラムを継続する方針を持っていましたが、下院で多数を占める共和党の反対で、実行できる見通しはありません。
3.教育予算削減の影響。
(1)教育予算削減の直接的な影響
A.教員数の減少と質の低下
オバマ政権が導入した”Race to the Top”プログラムの実行のためには質の高い教員の採用、訓練、維持が必要となっていましたが、州政府の財政赤字は教育予算削減となり、多くの教育委員会で継続的な教員数の減少をもたらしています。また、同時に教員給与の削減も実施されており、質の高い教員の確保が難しくなっています。
B.小規模クラスの困難さ
教育の質を高めるには、低学年におけるクラスの生徒数を極力少人数にしておくことが必要とされますが、この調査に回答した教育委員会の約57%が2010-11年度においてクラスでの生徒数を増加させたとしています。また、2011-12年度においても約65%が生徒数を増加させるとしています。
C.授業時間や日数の減少
教育の成果を上げるには、一定の授業時間や日数が必要ですが、多くの州の教育委員会で削減措置が取られており、カリフォルニア州では41%の学校区で夏季授業の削減が行われています。また、2011-12年度については、17%の教育委員会が州の授業日数を週4日に減少させたり、夏季授業を削減する計画があるとしています。
(2)教育予算削減の間接的な影響
州の教育予算が削減される中で、シカゴ市を含む幾つかの市では財源不足を補う目的で、不動産税を引き上げる措置を取っています。また、ロサンゼルス郊外の幾つかの教育委員会では地区の公立学校教育の質的向上のために、不動産税に代わって区画税が導入されています(サンマリノ、パロスベルデス、サウスパサデナ、ラキャナダ等が実施したのに続き、アーケデイアでも新年度からの区画税の導入が検討されています)。また、一部の市では教育予算削減の影響を最小限にするために消防や警察などの市の別のサービス予算の一部削減を実行しています。
4.報告書を読んだ後の感想
米国の多くの州に見られる教育予算削減問題は州の財政赤字の恒常化にありますが、その根本的な原因を作ったのは、1978年にカリフォルニア州で導入された提案13号で、それ以降、レーガン大統領が唱えた“小さな政府”の発想が全米に強まったことにあります。しかしながら、同じレーガン大統領が進めた冷戦体制終焉によるグローバル化の影響が、やがて中国やインドと言った新興大国の台頭となって米国全体の競争力維持に対する大きな脅威を与えている時に、将来の社会インフラともいうべき公立学校教育において、著しい質的低下を生じさせている従来の“小さな政府”の政策を続けるべきなのかについては大きな疑問が生じます。
オバマ大統領による“Race to the Top”プログラムは州政府の財政危機状況の中で、連邦政府がイニシチアブを取って米国経済の再生を目指し、学校や教師のパーフォマンスの客観的評価の実施を前提に州政府への教育財源支援を行なうことで、公立学校教育の質的な向上を求めたものでした。しかし、2011-12年度以降は2010年の中間選挙で下院多数派となった共和党の反対で、このプログラムを続けられなくなっていることは米国における公立学校教育の将来を懸念させています。現在行なわれている共和党大統領候補者達の討論会でも、どの候補者も連邦政府による教育指導は間違いであり、教育省を廃止し、州政府に戻すべきことを主張しています。しかし、多くの州政府が財源問題から教育予算を一層削減しようとしている時に、州政府による公立学校教育の充実化は現実的には殆ど不可能な状況です。また、彼等の一部が提案するような米国民の自由な選択による私立学校教育の拡大もミドルクラスの収入が減少している現在の状況では保護者の経済的負担問題に直面します。
いずれにしましても、現在米国が置かれている状況を見ると、従来のような”小さな政府“を前提にする限り、公立学校教育の劣化が一層進むものと見られ、それを改めるには住民の政治志向を”低負担・低福祉“から”中負担・中福祉“へ転換し、既にロサンゼルスの一部地域で実施されているような住民自身の新たな税負担を通じて、公立学校教育の充実化を図っていくことが必要になっているように思われます。
(2012年2月1日: 村方 清)